アメリカ社会に生きる少数民族アーミッシュについて― ICLCのアドバイザー海野優氏からの便り

『アメリカ社会に生きる少数民族アーミッシュ』

アメリカは、「人種の坩堝」、「モザイク国家」などと形容されるように、実に多種多様な人種と文化が混在している。その中で、「アーミッシュ」と呼ばれ、ひときわ特異な文化と社会を継承する人々がいる。彼らは、ペンシルバニア、オハイオ、インディアナなど限られた地域で、独自のコミュニティーを形成し、一般のアメリカ社会とは一線を画した生活を送っている。電気も都市ガスも使用せず、また文明の利器といわれる自動車、電話、テレビを所有することもない。ましてや、コンピューターの利用など考えられない。物質文明の繁栄を至上とする現代アメリカ社会の中で、アンチ・ファッション、アンチ・テクノロジー、そしてアンチ・マテリアリズムを貫き、宗教的かつ精神的な生活を実践するユニークな少数民族である。

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アーミッシュは、18世紀半ばから19世紀に掛けて、ヨーロッパからアメリカに移民してきたプロテスタント系パブテスト派の人々である。ヨーロッパ各地で沸き起こった宗教的迫害を逃れ、宗教の自由を認めるアメリカに安住の地を求めたのだ。以後、何世代も変ることなく、伝統的生活スタイルを受け継いでいる。
異文化のなかで、民族の固有文化を守り抜くことは容易でない。独自の文化と伝統を保守する中国系アメリカ人やユダヤ系アメリカ人でさえも、現代アメリカ文化の中に溶け込んでしまった。中世時代から続く彼ら固有の生活・社会規範を守り続けるアーミッシュは、文明という大きなうねりに飲み込まれることなく自らの文化を維持し続けている。その強靭な独立精神には、ただ驚かされるばかりである。そんな彼らのルーツとアーミッシュ文化を支える「実践教育」が、どんなものかを紹介してみたい。


アーミッシュのルーツは、16世紀前半のスイス地方で始まったアナバプテスト運動(2回洗礼)を実践するキリスト教プロテスタント派の人々がその原点である。彼らが成人に達するとき、生涯をキリスト教に帰依する決意とともに、改めて「成人洗礼」を行った。改めてというのは、キリスト教徒として、既に幼児洗礼を受けているからだ。これに対して、成人洗礼を認めないローマカソリック教会と官憲は、成人洗礼を犯罪扱いとして取り締り、弾圧を加えた。アナバプテスト達は、日常の監視と過酷な弾圧を避けて、僻村地や山岳地帯へ移住せざるを得なかった。そして、取り締まりの目を避けながら、夜間に礼拝を行い、あるいは森の中、洞窟の中で礼拝と成人洗礼を続けた人たちなのである。


1693年になって、宗教上の解釈と実践論争をきっかけに、アナバプテストに分裂が生じた。現在のフランス領であるアルザス地方のアナバプテスト達は、ヤコブ・アマンをリーダーとして「アーミッシュ」と呼ばれるグループを形成する。新約聖書の教えに忠実で、より厳格な実践を守ろうとするメンバーである。もう一方は、メノ・サイモンの指導に従うスイスのメンバーで、「メノナイト」と言われるグループだ。新約聖書の教えに忠実であることは同じでも、規律と解釈をより柔軟に実践していく宗旨を継承した。


その後、フランスでルイ14世が国王につくと、1712年からアーミッシュの追放政策をとり始めた。アーミッシュは、アルザス地方から近隣国に離散することを強いられる。最初のアーミッシュが大西洋を渡ってアメリカに渡来したのもこの頃である。クエーカー教徒であったフィラデルフィアのウイリアム・ペンが、農耕技術に長けたアーミッシュを自分の自治領に招請したからだ。それから1755年までの間に、およそ300人のアーミッシュがペンシルバニアに移り住んだ。

さらにヨーロッパでは、1789年のフランス革命や、その後に始まるナポレオン戦争が、アナバプテストに甚大な影響を及ぼす。これまでになく厳しい徴兵制度が施行され、それとともに各諸国のナショナリズムが勃興してきたためである。軍隊と戦争に絶対反対する彼らも、良心的不服従の思想を維持できないほどに追い詰められていった。そして最終的には、アメリカに新天地をもとめて移民するか、改宗してヨーロッパに留まるかの選択を余儀なくされてしまう。こうして、1860年までに3000人以上がアメリカに渡ってきた。ヨーロッパに残る決意をした人々は、改宗の選択しかなかった。ヨーロッパで派生したアナバプテストは消滅し、いまでは一人のアーミッシュもメノナイトもヨーロッパに生存していない。

アメリカに到着するアーミッシュは、グループの先人が根をおろすペンシルバニア州ランカスターを目指した。そして新天地で落ち着きを得ると、農業に適した肥沃な土地と独自の宗教生活を継続するための地を探して、西部開拓の流れに参加していく。彼らは、中西部のプレイリー各地に居を定め、独自のコミュニティーを形成する。そして21世紀になった現在、アメリカとカナダの一部に住むアーミッシュは20万人を数え、いまでも「アーミッシュ社会と文化」を継承しているのである。


アーミッシュは、独特なコミュニティーを維持し、固有の文化を守るために最大の努力を尽くす。その一つが教育である。彼らの教育観は、アメリカ社会で一般に認められている現代教育の趣旨・目的とは大きく異なっている。学校教育から得られる知力・学識というものに大きな価値観を持たない。幅広い専門的な知識やテクノロジー技術は、彼らの生活に全く不要なものと考えられているからだ。彼らにとっての教育とは、アーミッシュとしての来歴と自己認識を再確認する手段であり、人格形成を助長する場なのである。向上心、独立心、協調性に価値観をおき、無意味な人生を否定する彼らにとって、謙虚さ、質実な生活、神の意思に対する従順さを培養することが学習なのだ。このような宗教的信念を核にして、家庭内教育を縦糸、学校教育を横糸とする独自の教育を実行しているのである。縦糸と横糸にあたる教育法を見てみよう。
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縦糸である家庭内教育は、しつけから始まる。親に対する従順さは、終局的に神への従順さに繋がる、という道徳規範を精神教育の柱とし、人に対して、礼儀正しく、温和で、そして謙虚であることを実践教育の旨とする。具体的には、家庭の手伝い、コミュニティーの手伝いである。アーミッシュの子どもたちは、どこの家庭でも、それぞれの役割や担当が決まっている。女の子は、母親や年上の姉を手伝う。庭の掃除、野菜畑の管理、家畜の世話、裁縫、料理の手伝いである。男の子は、父親や兄たちと一緒に畑に出る。作物の栽培や刈り入れ、あるいは納屋の仕事、農工具の修理・整頓などを手伝うのが常である。農作業の時期がすむと、女の子は、食料の瓶詰めやキルティング作成の手伝いをしながら家庭の伝統を受け継ぐ。男の子は、家畜の世話をしたり、納屋・工房で働く父親の傍らで、木のオモチャやバードハウスなどを作ったりする。女の子も男の子も、家族の手伝いをすることは当たり前のことと考えている。手伝いや、家族との作業を通して、生活に必要な技術や知識を学ぶからである。


日曜日の隔週礼拝のときは、家族全員が礼拝に参加する。礼拝の場は、各家庭が持ち回りで提供する。ホスト役の家庭では、子どもも朝早くから準備の手伝いにいそしむ。礼拝参加者たちは父親の運転するバギーに乗って行く。子どもたちも、会場での3時間におよぶ長い礼拝に飽きることもなく、大人に混じって神に祈る。そして礼拝が済むと、全員が持ち寄りの昼食パーティーである。その後は、家族同志や友達との交流に楽しい時間を過ごす。礼拝とは、神への祈りとコミュニティー活動への参加を意味するのである。アーミッシュとしてのアイデンティティーを確認するとともに、コミュニティーの連帯を学ぶ良い機会なのである。横糸であるアーミッシュの学校教育は、就学年齢が6歳であるのも、年間の授業日数も、また授業日程が午前8:30分から午後の3:30分までという点も一般の教育制度と変らない。

しかしながら、教育の指導方針は、一般の公立学校と大きく異なる。最大の違いは、義務教育年数である。アメリカの義務教育が12年間であるところ、アーミッシュの子どもたちは8年間の義務教育で免除されているからだ。これは、州政府と連邦政府に対する20年以上の困難な請願と交渉を経た上で、1972年になってようやく連邦裁判所から特別措置が付与された結果である。だから、アーミッシュで高校や大学に進学するものはほぼ皆無ということになる。さらに、子どもたちの通う学校舎も一般とは異なる。アーミッシュの学校は、一つの教室で、全員が一緒に勉強するワンルーム・スクールである。西部開拓時代の映画で見ると同じスタイルの建物だ。学校への登下校の際に、スクールバスや家庭の車を利用することはない。生徒たちも、教師もみな歩いて通学する。
アーミッシュの学校における生徒の数は、平均して30人前後である。彼らの生活集団単位が一つの教会区でまとまっていて、その数は20戸から25戸の構成でできているからだ。だから、生徒の誰もが同じ教会区のメンバーである。クラスの中には、兄弟姉妹が一緒に勉強している。教師も、クラスメートのお姉さんやお母さんである場合も少なくない。
一つのクラスで、机を並べた子どもたちは、1人ないし2人の教師によってそれぞれの学習指導を受ける。一般のアメリカ教育とは異なり、学力を競い合うということは一切しない。つまり、誰がテストで良い点数をとるか、ということに全く評価をおかない。学習能力にはそれぞれの個人差があるからだ。だから、生徒の能力に応じて教科の理解を指導する。学ぶ教科は、算数、ドイツ語、英語のほかに、社会、地理、歴史、保健、書法、などである。賛美歌を歌い、絵を描き、読書の時間も設けている。しかしながら、読書のための本に対しても独自の教育方針が貫かれている。アーミッシュは、お伽噺やイソップ物語のようなストーリーを嫌う。動物が人間のように話すこと、行動することを信じないからだ。またマジックを使うような物語も歓迎しない。マジックは、神だけが持ちえる力だからである。教科書は、アーミッシュの運営する出版会社で刊行されている。だから、近代科学の情報、テレビ放送に関連する情報、性教育などに関する情報は最小限の引用になっている。しかも、個人の能力だけを向上させて、自らの存在や才能のみを引き立てるような授業は忌避される。アーミッシュの歴史を知るとともに、同根の一員として協力し合い、そして共通のコミュニティーに留まるための準備教育となっているのである。


学校の教師は、教員資格保持者ではない。8年間の義務教育を受けただけの、アーミッシュとして生まれ育った女性の中から選任される。その際、アーミッシュが遵守する規範と彼ら独自の歴史を熟知するだけでなく、宗教心に厚く、子どもに基礎学習を指導する資質と指導力を持ち合わせている者が教師として採用される。採用を決めるのは、カウンティーの教育委員会ではなく、アーミッシュ教会区の評議会である。まさしくアメリカの教育制度から独立したシステムで運営されているのである。

確かに、アーミッシュが文明の利器やテクノロジーの利用から距離を置き、ヨーロッパ中世時代からの精神を絶やすことなく、今に引き継ぐのは容易なことではない。一歩外に出ると、道に溢れるばかりの自動車が走り、通信手段として電話やコンピューターが使われ、そして華やかなファッションを目の当たりにする物質文明の真只中で生存しているからだ。それでも、成人に達する子どもたちの90%ほどは、アーミッシュに留まるという。日々の教育が、彼らのアイデンティティーの形成に多大な影響を与えていることは疑いない。同時に、アイデンティティーの形成とコミュニティーの維持のために傾ける彼らの努力には大いに感心させられる。それにしても、アフリカ系アメリカ人やネイティブ・アメリカンなど数ある少数民族とも異なる生活文化が、アメリカ社会に飲み込まれることなく、260年の歴史として脈打っていることは驚きである。

                         URTA 海野 優








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