国際識字文化センター (ICLC)

アクセスカウンタ

zoom RSS 広島の原爆から学ぶ福島の原発事故

<<   作成日時 : 2011/07/10 07:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

私は最近、広島で原爆投下を記念した平和博物館を訪問する機会があった。その中で私の大きな関心事は、「ヒバク」について学ぶことだった。放射能被爆ーこれは3月11日の福島原発の事故以来、4基の原発の炉心熔融が、おびただしい放射能を大気や、海や、大地に撒き散らしている深刻な状況が続いていた。
2011年4月19日現在も、この深刻な事態は同じように続いている。核の事故を全くコントロールできない。

私が博物館で驚いたのは、平和と健康を願って折り鶴を作り続けた佐々木禎子さんは、実は放射能を含んだ黒い雨に濡れたのが白血病の原因であったという。原爆の熱や爆風に直接やられたのではなく、黒い雨だったのだ。お母さんと一緒に雨に濡れたのは、2歳のときだったそうだが、その後、佐々木禎子さんは、全然不調を訴えることもなく、元気に成長していったそうだ。しかし9年後のある日、突然首にしこりが出来始めたことから白血病が判明しそして1年後に死亡した。 http://www.youtube.com/watch?v=a-PTFkfumvY

放射能は目に見えないが、その結果は時間の経過とともに必ず表れてくる。日本では、原発会社や電力会社などの安全神話や広報が行き渡っているために「原発の放射能」の怖ろしさは、直接体験した人以外には、余り気にされていない。しかし放射能を多量に浴びたら、どのようなことになるのか?風評という言葉が、マスコミで乱用されているが、もしも放射能を浴びた野菜などを食べ続けたら、その結果はどうなるだろうか?こうしたことはほとんど報道されてはいない。

食べ物に関して、私は昔、広島の原爆を体験した画家の丸木俊さんの話を伺うことがあった。彼女は爆心地からかなり離れたところで見つけた畑のかぼちゃを取って食べたところ、髪の毛がすべて抜けて体の調子が悪くなったことを話された。「それは原爆かぼちゃ」だったのよ」と、その恐ろしさを克明に話されたが、放射能を浴びた野菜や果物は摂取してはいけないのだ。もちろんそれは放射能の数値にもよるが、それが日常的に続く場合には、被爆量は体内に蓄積していく。体内被曝となっていく。

農業や漁業に携わる人々の生活を考えたら、原発事故とは本当に怒り苦しむものであるが、放射能被害に関しては、用心にも用心を重ねることが肝要であろう。時間が経過して、その結果が出るときには、もう遅いのである。だれも責任をとらないからである。事故直後には、官房長官がしきりに口にしていた言葉「これは、ただちに健康には害はありません」とは、「ただちには害はない」と言っているだけで、後になって害のでてくる放射能の実態はなにも伝えてはいないのだ。とくに子どもたちの健康について・・・・・

これは佐々木禎子さんの被爆から学んだことである。

画像


佐々木禎子さんのことー

1945年8月6日、2歳のときに広島市に投下された原子爆弾によって、爆心地から1.7kmの自宅で黒い雨により被爆した。同時に被爆した母親は体の不調を訴えたが、禎子は不調を訴えることなく元気に成長した。1954年8月の検査では異常なかった。しかし、11月頃より首のまわりにシコリができはじめ、1955年1月にシコリがおたふく風邪のように顔が腫れ上がり始める。病院で調べるが原因が分からず、2月に大きい病院で調べたところ、白血病であることが判明。長くても1年の命と診断され、広島赤十字病院(現在の広島赤十字・原爆病院)に入院した。


運動神経抜群で将来の夢は「中学校の体育の先生」になること。また小学6年生の秋の運動会ではチームを1位に導きその日付は1954年10月25日と記録されており、偶然にも自身の命日となるちょうど1年前であった。
最後はお茶漬けを食べ、一言目に「おいしい」、二言目に「ありがとう」言い残し亡くなったと明かされている。

佐々木禎子が在籍していた広島市立幟町中学校にある折り鶴の碑1955年8月に名古屋の高校生からお見舞いとして折り鶴が送られ、折り始める。禎子だけではなく多くの入院患者が折り始めた。病院では折り紙で千羽鶴を折れば元気になると信じてツルを折りつづけた。8月の下旬に折った鶴は1000羽を超える。その時、同じ部屋に入院していた人は「もう1000羽折るわ」と聞いている。その後、折り鶴は小さい物になり、針を使って折るようになる。当時、折り紙は高価で、折り鶴は薬の包み紙のセロファンなどで折られた。1000羽折ったものの病気が回復することはなく同年10月25日に亜急性リンパ性白血病で死亡した。

死後、禎子が折った鶴は葬儀の時に2、3羽ずつ参列者に配られ、棺に入れて欲しいと呼びかけられ、そして遺品として配られた。(ウイキぺディアより)

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
広島の原爆から学ぶ福島の原発事故 国際識字文化センター (ICLC)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる